一流品とは何か。成熟した市場において、ある製品が「フラッグシップ」の称号を冠するということの意味を、我々は改めて問う必要があるのではなかろうか。それは、一度到達すれば揺らぐことのない絶対的な頂点の証なのか、あるいは、絶え間ない自己省察と洗練の過程を示す道標なのか。真の傑作とは、静的な完成形として存在するのではなく、作り手の深化した哲学を映し出し、時代と共に進化する動的な存在である。そう考えるのが自然であろう。
ここに、フランスの名門 Focal が2022年に世に送り出したヘッドホン「Utopia SG (2022)」がある。この製品は、まさにその進化の哲学を体現する格好の事例と言える。2016年に初めて登場し、瞬く間にハイエンドヘッドホン界の象徴的存在となった初代 Utopia 1。その栄光から6年という長い歳月を経て発表されたこの後継機は、白紙の状態から生まれた革命的な新製品ではない。むしろ、ひとつの完成されたアイコンに対する、熟慮に満ちた意図的な改良の集積である。
本稿の目的は、単なる製品の優劣を語ることではない。我々が探求すべき中心的な問いは、Focal がこの6年越しの改訂に込めた「意図」とは何だったのか、という点にある。それは初代機が抱えていた潜在的な欠点の修正だったのか。あるいは、新たな音響的理想の追求だったのか。それとも、ますます競争が激化する市場において、自らの盟主としての地位を改めて誇示するための戦略的判断だったのか。このレビューは、Utopia SG (2022) という一台のヘッドホンを通して、その存在理由の根源に迫る試みである。
Focal Utopia SG (2022) — 諸元と概観
分析を始めるにあたり、まずはこの製品の客観的な輪郭を明確にしなければならない。虚飾を排した事実の提示は、あらゆる批評の出発点である。
- メーカー (Manufacturer): Focal JMLab
- 型番 (Model): Utopia SG (2022)
- 発売日 (Release Date): 2022年9月 (September 2022) 3
- 価格帯 (Price Range):
以下に、メーカー公称の主要スペックを一覧で示す。これらの数値は、後段の技術的、音響的分析における客観的な礎となる。
スペック (Specification) | 値 (Value) | 出典 (Source) |
---|---|---|
形式 (Type) | アラウンドイヤー型オープンバック (Circum-aural, open-back) | 5 |
ドライバー (Driver) | 40mm ピュアベリリウム ‘M’シェイプ・ドーム (40mm pure Beryllium ‘M’-shaped dome) | 5 |
インピーダンス (Impedance) | 80 Ω | 5 |
THD (Total Harmonic Distortion) | <0.2% @ 1kHz / 100dB SPL | 5 |
感度 (Sensitivity) | 104dB SPL / 1mW @ 1kHz | 5 |
周波数特性 (Frequency Response) | 5Hz – 50kHz | 5 |
重量 (Weight) | 490g (本体) (1.08 lbs) | 5 |
付属ケーブル (Included Cables) | 1.5m (3.5mm), 3m (4-pin XLR) | 8 |
コネクター (Connectors) | Lemo | 8 |
第一章:批評家たちの視座
Utopia SG (2022) のような頂点に位置する製品は、決して真空の中には存在しない。それは、既存の期待と厳しい視線が渦巻く世界へと産み落とされ、発表の瞬間から世界中の批評家による集中的な吟味の対象となる。本章では、このヘッドホンを取り巻く言説を俯瞰し、賞賛と批判、そして主要な論点を整理することで、多角的な評価の土台を築きたい。
メディア (Media) | 引用抜粋 (Quote: JP/EN) | 評価点 (Rating) | 出典 (Source) |
---|---|---|---|
What Hi-Fi? | 「議論の余地なく、お金で買える最高級ヘッドホンの一つ」「卓越したディテール解像度とダイナミックな技巧」 “Focal’s Utopia are without question one of the finest pairs of headphones money can buy.” “Exceptional detail resolution and dynamic finesse.” | ★★★★★ | 11 |
Headphonesty | 「Utopia (2022)はヘッドホンに望むすべてを届けてくれる」「没入的でまとまりのあるサウンド」 “Sonically, the Utopia (2022) deliver all I could wish for in a pair of headphones.” “Immersive and cohesive sound.” | 93% | 12 |
SoundStage! Solo | 「おそらく最もニュートラルで、音楽の邪魔をしないヘッドホンだ」 “perhaps the most neutral, ‘get out of the way of the music’ headphones I’ve heard.” | N/A (Highly Praised) | 13 |
The HEADPHONE Show (YouTube) | 「オリジナルより僅かにウォームだが、音色の癖は残っている」「ダイナミックドライバーヘッドホンが提供できる最高のものを探しているなら、Utopia以外に探す必要はない」 “…the 2022 Utopia is still a Utopia, albeit slightly warmer… if what you’re looking for is the very best of what dynamic driver headphones have to offer, then look no further than the Utopia.” | Highly Recommended | 14 |
Passion for Sound (YouTube) | 「ビルド品質、音質、音色のバランス、何をとっても素晴らしい。フラッグシップを市場で探しているなら、Utopiaを絶対にチェックすべきだ」 “build quality is exceptional the sound quality is exceptional… tonal balance you name it. so if you’re in the market for a flagship make sure you check out the Utopias.” | Worth the money | 15 |
Head-Fi Forum Consensus | 「$1000 の追加価格は、EQで数分で達成できることに対してだ」「最大のニュースは大幅に改善された価格だ」 “$1000 extra for what can be achieved with a few db tweaks in EQ APO in a few minutes.” “The biggest news is the greatly improved price.” | Skeptical / Critical | 16 |
Stereophile (Herb Reichert) | 「この新しい、よりクリーンなリミックスは、マスタリングスタジオで聴いているように感じられた」「古いUtopiaでは、音は想像以上に閉じてしまった」 “this fresher, more brightly lit remix felt like I was listening with Michael Brauer in his mastering studio.” “With the 2016 Utopias, the sound closed down more than I imagined it would.” | Highly Positive | 17 |
Future Audiophile | 「Utopia (2022) を通したイメージングは、ナイフの刃のような精度を持つ」 “Imaging through the Utopia (2022) has knife-edge precision.” | Highly Recommended | 18 |
これらの多様な意見を統合すると、いくつかの明確な傾向が見えてくる。まず、その卓越したビルドクオリティ、高級感あふれる素材、そして490gという重量にもかかわらず驚くほど快適な装着感については、ほぼ満場一致の賞賛が寄せられている 11。音質面では、極めて高いディテール表現、広大なダイナミクス、そしてダイナミック型ドライバー特有の強烈な「パンチ」や「スラム」が高く評価されている点も共通している 14。
しかし、評価が大きく分かれるのが、その価値、特に価格設定を巡る議論である。専門誌のレビューは、2022年モデルを初代からの着実で価値ある「進化」として描く傾向が強い 11。一方で、Head-Fi のような熱心な愛好家が集うコミュニティでは、音質的な変化はごく僅かであり、大幅な価格上昇を正当化するものではない、という厳しい意見が支配的だ 16。
この専門メディアと愛好家コミュニティとの間に存在する認識の乖離は、極めて示唆に富んでいる。専門レビュアーはメーカーから直接製品提供を受け、その開発意図(例えば「より芳醇な高域」)について説明を受けることが多い。この予備知識が、彼らの評価に一種の物語的な枠組みを与える可能性がある。対照的に、旧モデルの所有者でもある愛好家たちは、「自分の資金を投じてまでアップグレードする価値があるか」という、より切実なコストパフォーマンスの観点から新製品を評価する。前者が「進化の物語」を読み解こうとするのに対し、後者は「投資対効果」をシビアに分析する。本稿は、この両者の視点の正当性を認めつつ、その間に横たわる溝を埋めることを目指さなければならない。
#$ 第二章:必然から生まれる機能美
真に優れた機械においては、形態と機能は不可分である。デザイン上のあらゆる選択は、単なる美的遊戯ではなく、工学的な必然性から導き出されたものでなければならない。本章では、Utopia SG (2022) をひとつの工業芸術品として捉え、その機能美を解剖していく。
心臓部:ベリリウムドライバーと新ボイスコイル
このヘッドホンの核心は、Focal が長年培ってきたドライバー技術にある。
‘M’シェイプ・ベリリウムドーム: Focal の代名詞とも言える ‘M’シェイプのピュアベリリウムドームは、このモデルでも健在だ 8。元素の中でも極めて軽量かつ剛性に優れるベリリウムは、信号に対する応答速度を極限まで高め、歪みを最小限に抑えることを可能にする 23。これこそが、Utopia が誇る驚異的なまでの透明度と精度の源泉である。さらに、ドームを ‘M’ 字型に成形することで剛性を高め、音波の拡散性を改善し、理想的なピストンモーションを実現している 22。
銅・アルミニウム合金ボイスコイル: 内部における最も重要な変更点が、このボイスコイルである。初代の100%アルミニウム製 8 から、アルミニウム70%、銅30%の合金へと変更された 8。この変更には、二つの明確な目的がある。
- 信頼性の向上(語られざる修正): Focal 自身が、この変更が初代モデルで報告されたいくつかの故障事例を踏まえた、信頼性向上のための措置であることを認めている 8。これはまず、純粋な工学的改善として評価されるべき点である。
- 音質のチューニング(語られる進化): 同時に Focal は、この新しい合金が「より高いニュートラリティ」「力強い低音」「より芳醇な高音」を備えた「若返ったサウンドシグネチャー」をもたらすと主張している 8。
ここに、Focal という企業の成熟した戦略が見て取れる。ドライバーの信頼性という潜在的な弱点を、ボイスコイルの合金化という工学的解決策で克服した。そして、その結果として生じたであろう質量や電気的特性の変化を、巧みに「より芳醇な高音」という音質上の進化として物語化したのである。これは決して欺瞞ではない。むしろ、技術的な必然をポジティブなマーケティングの文脈へと昇華させる、高度なエンジニアリングとブランディングの共生関係を示している。つまり、Utopia SG (2022) は単なる音質的アップグレードではなく、より堅牢で信頼性の高い製品へと進化した。この「安心感」という要素は、音質ばかりが注目されがちなレビューにおいて見過ごされがちだが、その価値を構成する重要な一部と言えるだろう。
外骨格:フォージドカーボンとハニカムグリル
外観上の変更もまた、機能的な必然性に基づいている。ヨーク(アーム部分)の素材は、初代の編み込み式カーボンファイバーから、リサイクル素材を用いたフォージドカーボン(鍛造カーボン)へと変更された 8。これは独特の「大理石」のような模様を与えるだけでなく、軽量化と、490gという重量を頭部へ均等に分散させるという実用的な目的を担っている 1。
Clear Mg から受け継がれたハニカム(蜂の巣)状のグリルは、初代のワイヤーメッシュよりも開口部が広い。これもまた、音の「開放感」を向上させ、ドライバー背面の空気圧を完全に解放(decompression)するための機能的なデザインである 8。さらに、ドライバーを覆う内側のグリルも、ドライバーの ‘M’ 字形状に沿うように成形され、直線性の向上に寄与するとされる 8。
競合製品との技術的比較
Utopia の技術的立ち位置を明確にするため、同価格帯の主要なライバル機と比較してみよう。その多くが、異なる駆動方式である平面磁界型(Planar Magnetic)を採用している点は興味深い。
仕様 (Specification) | Focal Utopia SG (2022) | HiFiMan Susvara | Audeze LCD-5 | Meze Empyrean II |
---|---|---|---|---|
価格 (Price) | $4,999 | $6,000 | $4,500 | $2,999 |
ドライバー (Driver Type) | Dynamic (Beryllium) | Planar Magnetic | Planar Magnetic | Planar Magnetic (Isodynamic) |
インピーダンス (Impedance) | 80 Ω | 60 Ω | 14 Ω | 32 Ω |
感度 (Sensitivity) | 104 dB/mW | 83 dB/mW | 90 dB/mW | 105 dB/V (~90 dB/mW) |
重量 (Weight) | 490 g | 450 g | 420 g | 385 g (w/o pads) |
出典 (Sources) | 5 | 25 | 27 | 29 |
この表は、各フラッグシップが内包する設計思想の違いを浮き彫りにする。Utopia は比較的高インピーダンス・高能率なダイナミック型であり、駆動の容易さという点で際立っている。対照的に、HiFiMan Susvara や Audeze LCD-5 といった平面磁界型のライバルは、極めて低い感度を持ち、その性能を最大限に引き出すには非常にパワフルなアンプを要求する。この選択は、単なる音の好みの問題に留まらない。それは、ヘッドホンを中心としたオーディオシステム全体の構成、ひいては総投資額にも影響を及ぼす、より根源的な哲学の選択と言っても過言ではないだろう。
#$ 第三章:音の風景、その深淵へ
工学的な分析を終え、いよいよ主観的な音響体験の世界へと足を踏み入れる。必然から生まれた機能美は、我々の耳にどのような風景を描き出すのだろうか。ここでは、言葉を尽くしてその感覚的な印象を伝えたい。
まずは、世界中の批評家たちが捉えた音の輪郭を見てみよう。
レビュアー / 媒体 (Reviewer / Outlet) | 引用抜粋 (Quote: JP/EN) | 出典 (Source) |
---|---|---|
What Hi-Fi? | 「低音域は素晴らしく明瞭」「音楽のリズミカルな駆動力を伝えるのが得意だ」 “Wonderfully articulate bass.” “They’re great at conveying the rhythmic drive of the music.” | 11 |
headphones.com (Resolve) | 「信じられないほど解像度が高く、ニュアンスに富み、明瞭なヘッドホン」「親密なサウンドステージにもかかわらず、素晴らしい音像の区別と楽器の分離を実現する」 “an incredibly resolving, nuanced, and articulate headphone that, despite having an intimate soundstage, still delivers a fantastic sense of image distinction, instrument separation.” | 14 |
Stereophile (Herb Reichert) | 「新しいUtopiaは、紛れもなくよりニュートラルで、より解像度が高い」 “the new Utopia is unquestionably more neutral and it’s also more resolving.” | 17 |
Audio46 | 「Utopia 2022のサウンドステージは、やや説明が難しい。幅は信じられないほど広くはないが、リアルで驚くべきレベルの深さを提供する」 “The soundstage on the Utopia 2022 is somewhat hard to describe. While not incredibly expansive in width, it offers a realistic, yet stunning level of depth.” | 32 |
ジャンル別リスニング分析
クラシック & ジャズ:
この領域では、Utopia の真骨頂である micro-dynamics の表現力と、音色の忠実性(timbre)が遺憾なく発揮される。例えば、質の高いオーケストラ録音を聴くと、弦楽器の胴鳴りの質感、弓が弦を擦る際の微細な摩擦音、そして金管楽器の鋭いアタックが、驚くほどの生々しさで空間に立ち上る。ベリリウムドライバーの比類なき応答速度は、トゥッティのような複雑なパッセージにおいても音の混濁を一切許さず、個々の音の粒子を水晶のように明瞭に描き分ける 11。サウンドステージは広大ではないが、その代わりに各楽器の位置関係が「ナイフの刃のような精度」18 で定位し、あたかも演奏者たちの間に立っているかのような錯覚を覚える。これは、単一の ‘M’ シェイプドライバーが目指した、位相の揃った点音源的な再生の理想形と言えよう。
ロック & EDM:
ここでは、評価の軸が macro-dynamics へと移る。いわゆる「Utopia slam」として知られる、物理的な衝撃を伴う音圧だ。バスドラムが空気を揺るがすインパクト、ディストーションギターの壁が迫り来るようなエネルギー感。これこそが優れたダイナミックドライバーの真髄であり、多くの平面磁界型ヘッドホンでは得難い、根源的な快感である 14。低音は、量感で圧倒するタイプではない。むしろ、不必要な膨らみを削ぎ落とし、極めてタイトかつ高速で、深淵まで沈み込む。ドライバーが音を完全に掌握している証左だ 14。ただし、一部のリスナーにとっては、この引き締まった低音はやや「リーン(痩せ気味)」に感じられるかもしれない 32。
ヴォーカル:
中音域はニュートラルでありながら、僅かに前方へ定位する印象を受ける 2。これにより、ヴォーカリストの息遣いや感情の機微が、聴き手の心に直接届くような親密さが生まれる。しかし、ここで「Focal timbre」と呼ばれる特有の音色についても触れねばなるまい。測定データ上、1.5kHz と 4kHz 付近に僅かなピークが確認されており 14、一部の敏感な聴き手はこれを「鼻にかかったような」「箱鳴り的な」響きとして知覚する可能性がある。これは欠点というよりは、Focal 製品に一貫する個性であり、この音色を好むかどうかが評価の分水嶺となり得る。
親密さのパラドックス
ここで、Utopia のサウンドステージに関する一見矛盾した評価について考察したい。多くのレビューが、そのステージを「親密(intimate)」であり、HD 800 S のような競合機ほど「広くはない」と評する一方で 14、「素晴らしい音像の区別と楽器の分離」を両立させているとも賞賛している 14。
この矛盾は、Utopia が音場の「広さ」よりも「密度」と「焦点」を優先する設計思想の産物であると解釈できる。パノラマのように拡散した広大な音場を形成するのではなく、よりコンパクトでありながら、極めて立体的(holographic)で、密度の高い、焦点の定まった音像を構築するのだ。これは欠陥ではなく、明確な意図を持ったチューニングに違いない。聴き手を最後列の客席ではなく、ステージ最前列、あるいは指揮者のポジションへと誘う。この強烈にダイレクトで没入感の高いプレゼンテーションを好むかどうかが、このヘッドホンを真に理解するための鍵となるだろう。
#$ 第四章:価値の解剖
「それは何か」という問いから、「それは何を価値とするか」という、より本質的な問いへと進もう。価値とは単なる価格ではない。性能、職人技、所有する喜び、そして長期的な信頼性といった要素が織りなす、複雑な方程式の解である。本章では、Utopia SG (2022) の価値を多角的に解剖する。
評価軸 (Evaluation Axis) | 採点 (Score /5) | 解説 (Rationale) |
---|---|---|
技術性能 (Technical Performance) | ★★★★★ | 純粋なベリリウムドライバーの速度、解像度、ダイナミクスはダイナミック型として最高峰。歪みが極めて低く、音源の情報を余すことなく引き出す。 The speed, resolution, and dynamics of the pure Beryllium driver are the pinnacle for a dynamic type. Exceptionally low distortion extracts all information from the source. 14 |
音楽的魅力 (Musical Charm) | ★★★★☆ | 圧倒的な「スラム」とエネルギー感は非常に魅力的だが、一部のリスナーにはやや分析的に感じられる可能性も。サウンドステージの親密さは好みが分かれる。 The overwhelming “slam” and energy are highly engaging, but some may find it slightly analytical. The intimate soundstage is a matter of preference. 19 |
ビルドクオリティ (Build Quality) | ★★★★★ | フォージドカーボン、本革、アルミニウムといった高級素材を惜しみなく使用。フランスの自社工場での製造は、所有する喜びと長期的な信頼性をもたらす。 Use of premium materials like forged carbon, genuine leather, and aluminum is lavish. Manufacturing in their French workshop provides pride of ownership and long-term reliability. 8 |
価格対価値 (Price-to-Value) | ★★☆☆☆ | 性能は卓越しているが、価格上昇は音質の向上幅を大きく上回る。競合製品や旧モデル中古品との比較で、コストパフォーマンスは低いと言わざるを得ない。 Performance is exceptional, but the price increase far outstrips the sonic improvements. Compared to competitors and used original models, the cost-performance is undeniably low. 16 |
将来性 / 修理性 (Future-Proofing / Repairability) | ★★★☆☆ | ドライバーの信頼性は向上。しかし、イヤーパッド(約$250 )などの消耗品は高価。国内代理店(ラックスマン)のサポートは手厚いが、並行輸入品は対象外。 Driver reliability is improved. However, consumables like earpads (approx. $250 ) are expensive.36 Support from the domestic distributor (Luxman) is excellent but excludes parallel imports.38 |
ポジティブとネガティブの均衡
この評価の背景には、以下の要素の冷静な比較がある。
ポジティブ要素:
- 他の追随を許さないダイナミックな衝撃力(スラム)
- 世界最高水準のディテール再現能力
- 非の打ち所がないビルドクオリティと高級素材
- 向上したドライバーの信頼性
- 重量を感じさせない卓越した快適性
- 平面磁界型の競合機に比べ、比較的駆動しやすい
ネガティブ要素:
- 絶対的に高額な価格設定
- 音質変化が僅少な前モデルからの大幅な価格上昇
- すべてのリスナーに受け入れられるとは限らない親密なサウンドステージ
- 好みが分かれる特有の「Focal timbre」
- 高価な交換部品(特にイヤーパッド)
- 硬く、取り回しの悪い付属ケーブル 12
もし Utopia SG (2022) を、前モデルに対する「1ドルあたりの音質向上率」という単一の尺度で評価するならば、Head-Fi コミュニティが指摘するように、その価値を見出すのは難しいだろう 16。しかし、それはあまりに一元的な見方ではなかろうか。より包括的な価値評価は、他の要素も考慮に入れなければならない。向上した信頼性(将来の故障に対する保険)、刷新されたデザイン(高級品における主観的だが重要な要素)、そして「最新・最高」を所有する満足感。これらすべてを含めたものが、Utopia SG (2022) の真の価値である。
結論として、$4,999
という価格は、単なる音響再生装置に対して支払われるものではない。それは、音質、ビルド、素材、ブランドの威信、信頼性、そして付属品のすべてを内包した、ひとつの完璧な「製品パッケージ」に対する対価なのだ。その価値を認めるかどうかは、購入を検討する者が、これらの要素のそれぞれにどれだけの重きを置くかにかかっている。
#$ 第五章:ハイエンドオーディオの現在地
個別の製品評価から視座を上げ、Utopia SG (2022) が現代のハイエンドオーディオ市場という生態系の中で、どのような位置を占め、いかなる意味を持つのかを考察したい。
ダイナミックドライバーの最終回答か
平面磁界型技術が日進月歩の進化を遂げる現代において(例えば HiFiMan のナノメーター振動板や Audeze の Fluxor マグネット技術 25)、ダイナミック型ドライバーのフラッグシップ機が果たすべき役割とは何か。Utopia は、平面磁界型の音を模倣しようとはしない。むしろ、ダイナミック型という自らの技術パラダイムの頂点を極めることを選択した。その価値は、他との「違い」にこそある。単一の強力なドライバーが生み出す、内臓を揺さぶるような物理的インパクトと、位相の乱れがない点音源的な一体感(coherence) 14。これこそが、Utopia が提示するダイナミック型の最終回答なのである。
エスカレートするフラッグシップの価格
Utopia の価格は確かに高いが、これは決して特異な現象ではない。ハイエンドオーディオ市場全体に見られる、フラッグシップ製品の価格高騰という大きな潮流の一部である 16。この傾向は、純粋な研究開発費や素材費、インフレによって引き起こされているのか。それとも、ブランドの威信を可能な限り高い価格帯に固定するための、高度なマーケティング戦略なのか。Utopia SG (2022) は、この業界の構造的な問題を考察するための、格好のレンズとして機能する。
「アップグレード」としての「サイドグレード」
2022年モデルが、直線的な「アップグレード」というよりは、むしろ「サイドグレード」であるという見方 14 も重要である。成熟した市場では、もはや全ての軸で「より良く」することではなく、異なる「風味」を提供することが目的となるのかもしれない。Utopia SG (2022) は、初代のやや攻撃的な側面を和らげ、僅かにウォームで洗練された方向へと舵を切った。これは必ずしも万人が「良い」と感じる変化ではないかもしれないが、明確に「異なる」ものであり、初代とは少し違う嗜好を持つリスナーに訴えかける。これは、ハイエンド市場が、単一の絶対的な「完璧」を目指すのではなく、より細分化された個々の好みに応える時代へと移行していることを示唆している。
$# 第六章:結論 — この「理想郷」は誰のものか
これまでの分析を総括し、このヘッドホンがもたらす「理想郷」が、果たして誰のためのものなのかを結論づけたい。
Focal Utopia SG (2022) は、ダイナミックドライバー技術の粋を集めた、まさにマスターピースと呼ぶにふさわしいヘッドホンである。そのサウンドは驚異的なまでに高速、高精細、そして衝撃的であり、非の打ち所がない品質の筐体に収められている。しかし、その進化は初代から見れば僅かであり、その高価格は、価値の尺度が音質だけではないことを我々に突きつける。
推奨されるユーザー像
この製品を手にすべき人:
- コストを度外視し、ダイナミックドライバーならではの特性(「スラム」と一体感)を至上と考えるオーディオファイル。
- 広大で拡散的なサウンドステージよりも、強烈で親密な「最前列」でのリスニング体験を好むリスナー。
- 純粋な音響性能と同等に、職人技、素材、そしてブランドの伝統を重んじる審美眼の持ち主。
- ハイエンドシステムを所有し、比較的駆動が容易なフラッグシップヘッドホンを求める者。
この製品を避けるべき人:
- コストパフォーマンスを重視する賢明な購入者。中古の初代 Utopia や Focal Clear Mg は、価格を考えれば驚くほど高い性能を提供する。
- 何よりも広く、頭外に広がるサウンドステージを優先するリスナー(例えば、Sennheiser HD 800 S の愛好家)。
- Focal 特有の中高域の音色(Focal timbre)に敏感な聴き手。
将来性と改造の可能性
パッシブヘッドホンであるため、ファームウェアアップデートの可能性はない。改造の主戦場はイヤーパッド交換となるだろう。標準のラムスキンパッドは非常に高品質だが、一部のユーザーは Dekoni 製や他の Focal モデル(Clear など)のパッドを流用し、音質の微調整を試みている 40。また、付属ケーブルの取り回しの悪さから、ケーブル交換も一般的な選択肢となっている 12。
総合評価:★★★★☆ (4.5 / 5)
技術性能とビルドクオリティは満点の評価に値する。しかし、その天文学的な価格と、前モデルからの僅かな音質的進化を鑑みると、総合的な価値という点で満点を与えることはできない。これは、ほとんど完璧な「物」である。だが、その完璧さは、最も熱心で裕福な愛好家以外には正当化が難しいほどの対価を要求する。Utopia SG (2022) は、万人向けの理想郷ではない。それは、その哲学を理解し、その価値を総合的に受け入れることのできる、選ばれた者だけが到達できる、孤高の頂なのである。
参考文献 / 参照リンク
引用文献
1. FOCAL Utopia 2022 Open-back Circumaural Headphones - Hi-Fi Heaven, https://hifiheaven.net/product/focal-utopia-2022-open-back-circumaural-headphones/
2. Focal Utopia 2022 Open-Back Headphones - Audio46, https://audio46.com/products/focal-utopia-2022-open-back-headphones
3. Focal UTOPIA SG|新品通販フジヤエービック, https://www.fujiya-avic.co.jp/shop/g/g200000063706/
4. FOCALのフラグシップヘッドホン「UTOPIA SG」が、「秋のヘッドフォン祭2022」会場でお披露目。最新のテクノロジーとノウハウを注ぎ込み、第2世代へと進化した - Stereo Sound ONLINE, https://online.stereosound.co.jp/_ct/17571191
5. Focal Utopia - Woo Audio, https://wooaudio.com/headphones/utopia
6. Focal Utopia 2022 Flagship Headphones, https://headphones.com/products/focal-utopia-2022-headphones
7. フォーカル UTOPIA SG 価格比較, https://kakaku.com/item/K0001475025//1000/
8. Focal Utopia 2022 Headphones - Moon Audio, https://www.moon-audio.com/products/focal-utopia-2022-headphones
9. Focal Utopia 2022 | Flagship Open-Back Headphones - Bloom Audio, https://bloomaudio.com/products/focal-utopia-2022
10. Focal Utopia 2022 Headphones (OPEN) - Upscale Audio, https://upscaleaudio.com/products/focal-utopia-2022-headphones-open
11. Focal Utopia (2022) review: one of the finest pairs of headphones …, https://www.whathifi.com/reviews/focal-utopia-2022
12. Review: Focal Utopia (2022) – Second Time’s a Charm …, https://www.headphonesty.com/2022/11/review-focal-utopia-2022/
13. SoundStageSolo.com - Focal Utopia 2022 … - SoundStage! Solo, https://www.soundstagesolo.com/index.php/equipment/headphones/370-focal-utopia-2022-headphones
14. Focal 2022 Utopia - How Does it Compare to Original? - Headphones.com, https://headphones.com/blogs/reviews/focal-2022-utopia-how-does-it-compare-to-original
15. A new FLAGSHIP KING? Focal Utopia 2022 review - YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=AObdVYwLnD4
16. Focal Utopia 2022 Review, Measurements | Page 5 | Headphone …, https://www.head-fi.org/threads/focal-utopia-2022-review-measurements.964903/post-17147045
17. Gramophone Dreams #72: Abyss Diana & Focal Utopia headphones; Eleven Audio Broadway & Naim Uniti Atom HE amplifiers Page 2 | Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/gramophone-dreams-72-abyss-diana-focal-utopia-headphones-eleven-audio-broadway-naim-uniti-0
18. Focal Utopia 2022 Wired Audiophile Headphones Reviewed, https://futureaudiophile.com/focal-utopia-2022-headphones-reviewed/
19. Focal Utopia 2022 Reference High End Dynamic Headphones Review - Addicted To Audio, https://addictedtoaudio.com.au/blogs/reviews/focal-utopia-2022-reference-high-end-dynamic-headphones-review
20. Focal Utopia 2022 Review — Headfonics, https://headfonics.com/focal-utopia-2022-review/
21. Focal Utopia 2022 Review - Bloom Audio, https://bloomaudio.com/blogs/articles/focal-utopia-2022-review
22. ‘M’ profile Beryllium Tweeter - Focal | Focal, https://www.focal.com/technologies/m-profile-beryllium-tweeter
23. World’s Best Headphone: The Focal Utopia | Stereophile.com, https://www.stereophile.com/content/worlds-best-headphone-focal-utopia
24. Focal Utopia 2022 - Dynamic Driver Over-Ear Open-Back Headphones - Official Discussion Thread, https://forum.headphones.com/t/focal-utopia-2022-dynamic-driver-over-ear-open-back-headphones-official-discussion-thread/18756
25. Susvara - Headphones & portable audio - HIFIMAN.com, https://m.hifiman.com/products/detail/275
26. HIFIMAN Susvara Over-Ear Full-Size Planar Magnetic Headphone - Kitsune Hifi, https://kitsunehifi.com/products/hifiman-susvara-over-ear-full-size-planar-magnetic-headphone
27. Audeze LCD-5 Planar Magnetic Headphones - Kitsune Hifi, https://kitsunehifi.com/products/audeze-lcd-5-planar-magnetic-headphones
28. Audeze LCD-5 Flagship Planar Headphones for Audiophiles, Open-Back, https://www.audeze.com/products/lcd-5
29. Meze Audio Empyrean II Open Back Headphones - Apos, https://apos.audio/products/meze-audio-empyrean-ii-open-back-headphones
30. Meze Audio Empyrean II - High-Fidelity Premium Open-Back Planar Magnetic Headphones, https://mezeaudio.com/products/empyrean2
31. Focal Utopia 2022 Review, Measurements - YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=QUQWODZbpVU
32. Focal Utopia 2022 Review - Audio46, https://audio46.com/blogs/headphones/focal-utopia-2022-review
33. Coming Home for Christmas: The Focal Utopia 2022 : r/headphones - Reddit, https://www.reddit.com/r/headphones/comments/18qrdoz/coming_home_for_christmas_the_focal_utopia_2022/
34. Focal Utopia Review (Headphone) | Audio Science Review (ASR) Forum, https://www.audiosciencereview.com/forum/index.php?threads/focal-utopia-review-headphone.22103/
35. Focal Utopia 2022 Headphones - The Absolute Sound, https://www.theabsolutesound.com/articles/focal-utopia-2022-headphones/
36. Focal Utopia Premium Sheepskin Ear Pad - Headphones.com, https://headphones.com/products/focal-utopia-ear-pad
37. Focal Utopia Replacement Pads - Bloom Audio, https://bloomaudio.com/products/focal-utopia-replacement-pads
38. FOCAL製品の保証について|新製品リリース|ラックスマン株式会社, https://www.luxman.co.jp/focalspeakers/warranty/
39. FOCAL UTOPIAが故障!修理に出すための5ステップ【徹底解説】 - オトノキワミ, https://otonokiwami.com/focal-utopia-broken/
40. Squiglink - IEM frequency response database by Sai, https://sai.squig.link/?share=Harman_OE_2018_Linear_Target,Utopia_2022,Utopia_2022_with_OG_pads,Utopia_2022_with_Clear_pads,Utopia_2022_with_Elex_pads
41. Clear MG…Better with Utopia pads? : r/headphones - Reddit, https://www.reddit.com/r/headphones/comments/1bxoqbp/clear_mgbetter_with_utopia_pads/